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大阪高等裁判所 昭和39年(ツ)81号 判決

上告人

岡部輝近

右訴訟代理人

秋山英夫

被上告人

別所留吉

主文

原判決中上告人に関する部分を破棄する。

右部分につき本件を大阪地方裁判所に差戻す。

理由

上告理由四について。

上告人の主張の要旨はつぎのとおりである。

民法五四一条の精神からいえば、催告と解除との間には適当な結び付きがなければならないのであつて、両者間の右連係が断ち切られる程度に催告と解除とが離間している場合は、その催告はもはや民法五四一条にいわゆる催告としての意義を有しないし、解除もまたその前提である催告を欠くものとして無効である。何んとなれば催告後一年あるいはそれ以上も経過した後になされた解除は、法の禁止する抜き打ち解除と何ら異なるところがないからである。本件においては、被上告人が解除の前提である催告をしたというのは、昭和三四年一二月であり、解除の意思表示をしたのは、その後一年半を経過した昭和三六年六月一三日であるから、その間にはもはや催告と解除という連係関係を認めることはできず、右解除の意思表示は抜き打ち解除として無効のものであるといわねばならない。原審が右解除を有効と判断したのは法律の解釈運用を誤つたものであるというのである。

この点に関する原判決の判断はつぎのとおりである。

原判決は、上告人は、被上告人から本件(一)の宅地を賃料月八、〇〇〇円毎月末持参払の約で転借していたが、昭和三四年三月頃被上告人に対し右賃料が近隣に比して高価に過ぎるとし、一カ月坪一三〇円に減額するよう口頭で申出たところ、拒絶されたので、同年八月一日頃からこれを支払つていない。被上告人は、昭和三四年一二月頃上告人に対し口頭で延滞賃料の支払を催告し、昭和三六年六月一三日の第一審口頭弁論期日において、その履行遅滞を理由として上告人に転貸借契約解除の意思表示をしたとの事実を確定したうえ、右事実に基づき、仮に右催告が相当期間を定めた催告でなかつたとしても、少くとも被上告人が右契約解除の意思表示をした昭和三六年六月一三日までには延滞賃料の支払に必要な相当期間が経過しているものと認められるとし、被上告人の右履行催告による契約解除は有効であると判断した。

ところで、民法五四一条が履行遅滞の場合に契約解除に先立ち履行の催告を必要とした理由は、履行遅滞の場合は、履行不能と異なつてなお履行の可能性があるのであつて、履行期に履行がないからといつて、直ちに債権者は契約を締結した目的を達しないことになる訳ではなく、しかも一般の債務においては履行期はさほど重大な意味を有するものでもないから、債権者をして解除に先立ち相当の期間を定めて履行の催告をさせ、債務者に履行の機会を与えるとともに、もしその期間内に履行がないときは契約の解除をすることができるとすることが、当事者双方の立場を調和し、信義則に合するゆえんであるからである。したがつて、債務者が遅滞に陥つたときは、債権者は期間を定めずに催告した場合でも、その催告のときから相当の期間を経過すれば契約を解除することができると解せられるのは、このように解しても、その解除が右にいう信義則にかなつているのが通常とせられるからであつて、債務者が遅滞に陥つた以上は、たとい債権者が期間を定めずに催告をしても、その後相当期間を経過しさえすれば、常に有効に契約の解除をすることができるという訳のものではなく、事案に即して果たして催告解除が信義則に適したものであるかどうか判断しなければならないことはいうまでもない。そして、催告から解除までの間に別段特別の事情がないのに余りにも長い期間が経過し、社会通念に従えばその間に連係関係が認められないと考えられる程両者が離間している場合、単に催告をしたというだけであつては、その催告は信義則上民法五四一条の解除の前提としての催告の意義を有しないものであり、解除もまたその前提である催告を欠くものとして無効であると解するのを相当とする。

原判決の確定した事実によれば、被上告人が上告人に対し、口頭で延滞賃料の支払を催告したのは昭和三四年一二月頃であり、その履行遅滞を理由に第一審口頭弁論期日において転貸借契約解除の意思表示をしたのは昭和三六年六月一三日であつて、催告と解除との間に約一年六カ月を経過している。その長い期間を経過したことについて何か特別の事情があつたことは原審の認定しないところであるばかりでなく、本件訴状を検討するも、被上告人は右訴状によつて上告人に対し賃料不払を理由に転貸借契約を解除する旨の主張をしている趣旨とはとうてい認めることができない。原判決認定の前示事実関係のもとにおいては、他に首肯するに足りる何らかの事実が付加せられない限り、催告と解除との間に社会通念上連係関係が認められるとは必ずしも即断できないのであつて、右催告は信義則に照らし民法五四一条にいわゆる催告としての意義を有するものということはできない。

そうだとすると、原判決は、被上告人の本件契約解除を有効と判断するについて民法五四一条の解釈適用を誤り、ひいて、その判断をする前提として前示事実以外の事実があつたか否かについて審理を尽さなかつた違法があるといわねばならないのであつて、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その他の点を判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

そこで、民訴法四〇七条一項に従い、主文のとおり判決する。(熊野啓五郎 岩本正彦 朝田孝)

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